平成16年4月から分子科学研究所は,基礎生物学研究所,生理学研究所,国立天文台及び核融合科学研究所と共に, 大学共同利用機関法人「自然科学研究機構」を構成して新たなスタートを切る。自然科学研究機構は,機構憲章にお いて,構成研究機関それぞれの創造的学術研究を尊重し対等の立場で機構の運営に参画することを謳うと共に,新し い学術研究のパラダイムを構築することを提唱している。現在の日本の基礎学術研究体制は決して満足すべきもので はなく,我々は,確固たる理念を持って,それぞれの学術分野コミュニティとの連携の下に,この状況を打破・改善 して行く努力を続けなければならない。分子科学研究所は,分子を要とした広義の物質科学における世界的拠点とし て,物理,化学のみならず,生命科学をも含む自然科学の多くの分野との連携・交流を広げつつ,「分子科学」の益々 の飛躍を図っていかなくてはならない。この様な情勢を鑑み,分子科学研究所の4月以降の管理運営体制,研究組織, 及び平成17年度概算要求事項に関して,概略以下の様な提案を行う。
(1)管理運営体制
自然科学研究機構における所長の役割が法人化以前の岡崎国立共同研究機構における所長の役割と大きく変わるた め,研究所内外の課題に対処する所長の補佐役として研究総主幹と研究連携室員を置くと共に,所長秘書を研究所に 設置する。11名の主幹・施設長は,運営会議のメンバーになると同時に,研究所における重要な役割(評価,広報,安 全衛生,労務など)を分担する。さらに,研究所に4名程度の運営顧問を置き,これを外部の有識者にお願いして今 迄の評議員的役割を果たして頂く。また,山手地区に統合バイオ以外にも多くの研究施設が移転することから,シャ トルバスを導入する等の措置によって明大寺地区との一体的運営に努める。
(2)超高磁場核磁気共鳴実験施設の構想
分子科学研究所には,平成15年度世界最高性能の 920MHz NMR 装置が設置されたが,更に,固体研究用付加設備が 平成16年度に導入されることが決定された。これによって,溶液及び固体の構造解析と機能開発において,世界に例 のない最先端研究の遂行が可能となる。その様なブレークスルー的研究を目指すと共に長期的視野に立った有意義な 全国共同利用研究設備構想を纏めていく必要がある。
(3)光分子科学研究センター構想
21世紀は光の時代と考えられているが,物質科学と並んで光科学は,分子科学にとっても極めて重要な分野である。 分子科学研究所は,分子制御レーザー開発研究センターと共に分子科学に特化した放射光施設を持つと言う世界に例 のない環境を有している。この優れた環境と今迄に積み上げて来た成果を基盤として,研究系との連携の下に,新し い光分子科学の展開を齎すべく新規に光分子科学研究センター構想を練り上げ,平成17年度概算要求としてまとめて 行く。放射光分子科学及びレーザー分子科学の世界における拠点としての発展を図るものである。
(4)研究系の整備
巨大計算に基づくシミュレーション分子科学の重要性に鑑み,平成16年度に計算分子科学研究系を立ち上げ,我が 国の計算分子科学の拠点研究系としての発展を図る。計算科学研究センターの現教員に加え,新規に教授1名と助手 1名を増員する。差し当たりは所内措置としての増員であるが,人件費の充当を含め平成17年度概算要求としてまと
5.将来計画及び運営方針
めて行く。これに伴い,理論研究系を理論分子科学研究系と改名する。
分子スケールナノサイエンス及び光分子科学の新たなる有機的な研究協力体制を構築するために,センターを専任 部門と所内併任部門とに整理し直し,研究系をも含めた再編を近い将来に実施する。
現在の2流動部門を1部門(先導分子科学部門と命名)とし,今後柔軟に運用する。
(5)国際共同研究の推進
分子科学研究所は,多国間に跨る共同研究の重要性,多くの外国人研究者からの共同研究の提案,アジアの基礎科 学促進の重要性,等々に鑑み,分子研が主導権を持った形での多国籍に跨る共同研究体制構築の重要性を主張してき ている。平成16年度には,独自の予算措置により小規模ではあるが,国際共同研究を支援する体制を構築している。平 成17年度概算要求としても改めてまとめていく予定である。
(6)安全衛生体制及び施設整備
法人化後の安全衛生面の重要性に鑑み,研究所に安全衛生管理室を設置し,安全衛生委員長(主幹あるいは施設長 教授)がその室長を兼任する。室員として専任の助手1名を配置すると共に,若干名の研究教育職員と技術職員がそ の室員を兼ねるものとする。
計算科学研究センターの教員は計算分子科学研究系を併任し,同研究系の教員は計算科学研究センターの教員を併 任して同センターの管理・運営に責任を持つ。
装置開発室には専任の研究教育職員を置かず,研究主幹が室長を兼ねる。今後,装置開発室の運営体制を外部にも 開かれたものとしていく事を考え,その為の人的支援を検討する。
分子スケールナノサイエンスセンターの運営,ナノ支援事業の運営,及び 920MHz NMR の運営については,それぞ れに責任者を置くが,全体の統括を分子スケールナノサイエンスセンター長が行うものとする。
以下に各施設の現状及び将来計画の概略を纏める。
平成15年12月2日に UV S OR20周年記念の祝賀会を開催した。幸い20周年に間に合う形で光源加速器の高度化・高 輝度化が完了し,平成15年度より新しい UV S OR -II リングを利用した共同利用を始めている。UV S OR -II 光源加速器は 性能(輝度)が飛躍的に向上し,高輝度な挿入光源が導入可能となった。UV S OR -II を生かすかどうかは,挿入光源を 増設し,その光源に連結する分光器,測定器を全体として最適化できるかどうかにかかっている。成功すれば,世界 の最新鋭の放射光施設の設備と同等以上のものになりうる。ただし,現在の科学技術行政の中では予算的裏付けは基 本的には外部資金が中心になる。法人化に向けて,研究組織的にも UV S OR 施設としての特徴を出して行かねばならな い。
昨年の分子研リポートにも報告したが,法人化に向けて,以下のような検討を進めており,2004年度より実施する こととなった。
・極端紫外光実験施設から極端紫外光研究施設に名称変更し,施設として研究面を強化する。
・分子スケールナノサイエンスセンターに配分されている高輝度放射光源開発を担当する教授ポストをUV S OR 施設に 移し,光源系で光源加速器開発研究部,電子ビーム制御研究部の2研究部体制(教授1+助手1及び助教授1+助手 1)とする。
・観測系は,光物性測定器開発研究部と光化学測定器開発研究部の2研究部(助教授1+助手1が2グループ)に客員 助教授1を配置する放射光分光器開発研究部を加えた体制とする。
・今後,成熟したビームラインと高度化によって先端的で高度な研究が可能なビームライン(主に挿入光源ライン)に 分け,後者については研究内容の厳格な評価に基づいてビームタイムの配分をする。
・利用研究者との議論や施設評価結果に基づき,重点化するビームラインを定め,順次,ビームラインを高度化してい く。
以下に各開発研究部の2004年∼2005年にかけての計画を示す。中長期的には分子制御レーザー開発研究センターと の連携によって光分子科学の基盤施設として貢献する道を探る。また,運転モードを1日24時間にするなど,世界の 他施設と同水準にするとともに,安全面でも充実を図る。
5-1-1 光源加速器開発研究部
(1) 光源加速器の開発研究
・(高周波加速空胴の開発)高度化に成功した UV S OR -II 光源リングのビーム寿命の向上を目的として,高周波加速空 胴の更新を行う。建設後約20年が経過した現在の高周波加速空胴に換えて,高電圧が印加できる空胴を新たに開発す る。2004年度には高周波加速空胴の設計と製作,性能評価を実施する。光源リングへの導入と立ち上げ調整は2005年 度初めとする予定である。
・(光源加速器のビーム性能の評価)高度化された光源加速器のビーム性能の評価を引き続き進める。特に2004年度に は光源リングの電子ビームサイズを高精度で測定するための光学ステーションの建設と立ち上げを行う。
・(イオン捕獲現象に関する研究)電子蓄積リング特有の現象であるイオン捕獲現象は将来計画で建設する加速器でも 性能を制限する障害のひとつとなるため,現象の基本的理解を深めておくことが非常に重要である。そのため,イオ ン捕獲現象に関しての理論的,実験的研究を継続して行っていく。
5-1 極端紫外光実験施設の将来計画
・(光源加速器の次期計画策定)光源加速器の次期計画策定のために,電子蓄積リング,エネルギー回収型ライナック, 挿入光源,自由電子レーザーなどに関する最近の技術開発の動向を調査する。
(2) 光源加速器・基盤設備の運転,保守及び改良
・(運転計画)2004年度には36週間のユーザー運転と3週間の加速器研究用運転,さらに必要に応じて随時調整運転を 行う。2005年度も同程度のユーザー運転と加速器研究用運転を計画している。
・(加速器各部の定期保守) 約5年毎に実施している入射用線形加速器のクライストロンの交換を2004年度に実施する。
・(既設高周波加速空胴の電力増強)ビーム寿命改善のために既設高周波加速空胴の電力増強を試みる。発熱,放電な どの兆候を見極めつつ,可能な限り電圧を高める。
・(赤外ビームライン高度化)赤外ビームライン高度化に合わせて偏向電磁石 B M6 のビームダクトを交換する。必要な 電磁石の分解組立作業,真空作業,真空調整ビーム運転を合わせて実施する。
・(基盤設備の保守)冷却水,電気,空調等の基盤設備の運転,保守及び改良を行う。
5-1-2 電子ビーム制御研究部
(1) 放射光源における電子ビーム制御の開発研究
・(電子ビームの軌道安定性の向上)電子ビームの軌道安定性の向上に関する開発研究を進める。UV S OR -II の電子ビー ムの高輝度という特徴を放射光利用実験で最大限活用できるように,電子ビーム軌道の変動を電子ビームサイズに比 べて十分小さくなるように抑制することを目標とする。ビーム軌道変動をさまざまな時間スケールで観測し,その原 因を特定し,可能な限り取り除く。残った軌道変動を安定化するためのフィードバックシステムを開発する。
・(電子ビームの高精度制御の開発研究)UV S OR -II の光学関数などの基本的マシンパラメタを高精度で計測する手法 や UV S OR -II の電子ビーム軌道の絶対位置を高精度で決定する手法について開発研究を継続して行う。
(2) 放射光源における光発生技術の開発研究
・(自由電子レーザーの開発研究)光源加速器開発研究部と電子ビーム制御研究部の協力で高輝度化された UV S OR -II の電子ビームを用いて自由電子レーザー開発について研究を進める。紫外領域(波長 200 − 300 nm)での安定且つ大 強度の発振を実現することを目指す。また,紫外領域での自由電子レーザー光の応用研究を推進する。
・(遠赤外コヒーレント放射光の発生の研究)光源加速器開発研究部と電子ビーム制御研究部の協力で UV S OR -II 光源 リングを用いた遠赤外コヒーレント放射光の発生の研究を推進する。電子ビーム自身の作り出す電磁場によりビーム 内に生成される密度揺らぎ,あるいは,自由電子レーザー発振に伴うビームの局所加熱により生成される密度揺らぎ などによるコヒーレント放射の生成を,理論,実験の両面から研究する。
(3) 挿入光源装置の運転,保守,改良及び開発
・(運転・保守)光源加速器運転に合わせて挿入光源装置の運転を行い,また,必要に応じて保守点検を実施する。
・(可変偏光アンジュレータの制御システム開発)B L 5U 用可変偏光アンジュレータのギャップ随時変更の実現を目指 して制御システムの開発を継続して行う。
・(新規アンジュレータの設計)将来のアンジュレータの増設に備えて,アンジュレータ技術の最近の動向を調査し, UV S OR -II の特徴を活かせるアンジュレータの設計に着手する。
(4) 情報通信制御,放射線防護,入退室管理
・運転情報表示を,加速器の高度化や運転状態の進歩に適合するように改良する。
・B L 6B における赤外ビームラインの建設にあわせて放射線防護壁を改良する。
・放射線防護,入退室管理システムの保守点検を行う。
5-1-3 光物性測定器開発研究部
(1) 放射光を用いた光物性研究
高分解能光電子分光ビームライン(B L 5U),赤外・テラヘルツビームライン(B L 6B )を用いることにより,固体や 薄膜試料の電子状態を調べ,物性の起源を研究する。
(2) 光物性用ビームラインの試料測定装置の操作,保守及び改良
2004年度は赤外・テラヘルツビームライン(B L 6B )を更新する。低エネルギーリングである UV S OR -II の特長を生 かす真空紫外領域の高分解能光電子分光を行うために,B L 5U に設置する真空紫外直入射分光器の設計を行う。
2005年度は設計に基づき B L 5U に真空紫外直入射分光器を設置できるように努力する。また,赤外・テラヘルツビー ムライン(B L 6B )でテラヘルツ領域の顕微分光を行うために,顕微分光装置を設置する。
(3) 光物性用ビームラインの検出装置の保守及び改良
真空紫外検出器・分光器,赤外線検出器・干渉分光計の保守や精度向上のための改良を行う。
(4) 光物性用ビームラインの共同利用の計画,立案及び調整
最先端の真空紫外光分解能光電子分光ビームライン(B L 5U)を有効利用する共同研究の計画,立案及び調整を行う。 赤外・テラヘルツビームライン(B L 6B )を有効利用する共同研究の計画,立案及び調整を行う。汎用真空紫外ビーム ライン(B L 1B ,B L 7B )の共同利用の計画,立案及び調整を行う。
5-1-4 光化学測定器開発研究部
(1) 放射光を用いた光化学研究
高輝度軟X線ビームライン(B L 3U),高分解能軟X線ビームライン(B L 4B )を用いて,分子の励起状態の生成とそ の崩壊過程に関する基礎的な研究を行う。
(2) 光化学用ビームラインの試料測定装置の操作,保守及び改良
高輝度軟X線ビームライン(B L 3U)の分光器制御システムを改良し,アンジュレータとの同期スキャンを実現する。 高分解能軟X線ビームライン(B L 4B )に不等刻線間隔平面回折格子を一枚増設し,低エネルギー測定限界の拡大を図 る。汎用ビームライン(B L 1A ,B L 5B ,8A ,8B 1)の保守及び改良を以下の通り実施する。
B L 1A :分光器制御系の更新と可視発光実験が出来るよう観測装置を改良する。 B L 5B :機器校正装置の排気系の改良及び差動排気部の排気装置の更新を行う。 B L 8A :光学素子の炭素汚染観測装置を改良する。
B L 8B 1:固体及び表面の軟X線分光実験が実施可能な観測装置を整備する。
(3) 光化学用ビームラインの検出装置の保守及び改良
光化学反応過程で放出される蛍光,電子,イオン,及び中性励起種を測定するための各種検出器の保守や精度向上 のための改良を行う。
(4) 光化学用ビームラインの共同利用の計画,立案及び調整
高輝度軟X線ビームライン(B L 3U)と高分解能軟X線ビームライン(B L 4B )を有効利用する共同研究の計画,立案 及び調整を行う。汎用ビームライン(B L 1A ,B L 5B ,8A ,8B 1)の共同利用の計画,立案及び調整を行う。
5-1-5 放射光分光器開発研究部
(1) 放射光用分光器の開発研究
高度化されたUV S OR -IIに設置可能な挿入光源の基本性能について電子ビーム制御研究部と協力して検討する。光源 性能を最大限に引き出せる高性能分光器及びビームラインの設計を行う。
(2) 光学素子の保守,改良及び開発
光学素子の炭素汚染メカニズムを解明するための実験環境を整備すると共に,炭素汚染の除去方法に関する開発研 究を行う。
(3) 光源加速器の放射光波長特性の評価と改良
B L 3U,B L 5U 及び B L 7U の各挿入光源について,放射光波長特性の評価を行う。
(4) 分光技術・評価
高性能分光器に要求される機械精度や光学素子の研磨精度,及び性能評価方法について検討する。
平成14年4月に発足した分子スケールナノサイエンスセンターの研究部門は,3つの大部門と2つの流動部門から 構成されている。「ナノ光計測研究部門」には,平成15年4月から松本吉泰教授が着任された。フェムト秒時間分解分 光と走査型プローブ顕微鏡を用いた空間・時間分解能の高い計測方法によるナノ構造物質表面での構造・反応に関す る研究を行う予定である。「ナノ触媒・生命分子素子研究部門」には,平成15年10月から桜井英博助教授が着任された。 バッキーボールやヘテロフラーレンなどの新規物質群の創製と,材料科学,触媒科学への応用を研究する予定である。
「分子金属素子・分子エレクトロニクス研究部門」には,平成15年10月から田中啓文助手が着任し,非伝統的手法によ るナノ構造体の形成や,分子スケールプローバーの開発を行い,分子電子素子の研究を強力に推進する予定でいる。桜 井助教授と,松本教授は,平成15年度中は元の大学が本務であるが,平成16年度からは分子研が本務となる。流動部 門は,各大学の定員を分子研に移して頂く形で活動を行ってきたが,法人化後は各大学,分子研とも独立の法人にな るためこの形式を取ることが出来なくなる。しかし,流動部門の機能に対する全国からの期待は強く,今後も流動部 門と同様の機能をもつ人事システムを分子研内に残す予定である。
また,平成15年10月に山手地区の山手4号館が完成し,ここに「分子金属素子・分子エレクトロニクス研究部門」と
「ナノ触媒・生命分子素子研究部門」の一部の研究グループが入った。平成15年にナノ支援の一環として導入された走 査電子顕微鏡,収束イオンビーム加工装置などもこの建物に移動する。平成16年3月には,山手3号館も竣工し「ナ ノ触媒・生命分子素子研究部門」の残りのグループが入る予定である。同じ月に,山手5号館が完成し,ここに世界 最強磁場を持つ 920MHz NMR が,ナノ支援の一環として導入される予定であり,この装置の性能を最大限に発揮でき る研究体制,技術支援体制を確立する予定でいる。このように,ナノサイエンスセンターの陣容もほぼ固まり,平成 16年度からはセンターとしていよいよ本格活動が始まる予定である。
ナノサイエンスセンターには,上記の5つの研究部門以外に施設部門を持っており,ナノサイエンス研究に必要な 各種の共通的機材の管理・供給サービスを行っている。現在のところ,液体ヘリウムなどの寒剤の供給,共通機器の 管理などを行っているが,分子研が明大寺地区と山手地区に分かれたことと機構の法人化に伴い,新たな管理・サー ビス体制が必要となり,現在検討を行っているところである。また,今後は,ナノサイエンスの研究に必須の最先端 装置類の拡充,世界に1台しかない独自装置の開発,分子合成支援体制の新設や,それらへの技術支援体制の確立を 行い,日本を代表するナノサイエンスセンターを目指したい。
5-2 分子スケールナノサイエンスセンターの現状と運営方針
5-3 分子制御レーザー開発研究センター
分子制御レーザー開発研究センターは,旧機器センターからの改組拡充によって平成9年4月に設立された。分子 位相制御レーザー開発研究部,放射光同期レーザー開発研究部,特殊波長レーザー開発研究部の3研究部において所 内課題研究及び調査研究を行う他,多数の共同利用機器,小型貸出機器を保有,維持管理し,利用者の便に供してい る。各研究部には助教授及び助手が各1名配置され,またセンター共通の技術支援には技術課の2名の技官が当たっ ている。放射光同期レーザー開発研究部は猿倉助教授が担当し,分子研 UV S OR との同期実験に向けた基礎的レーザー 光学技術の開発の他,大出力紫外パルスレーザーやコヒーレントテラヘルツ光源の開発を行っている。特殊波長レー ザー開発研究部は平等助教授が担当し,分子科学の新たな展開を可能とする,波長の可変な特殊波長(特に赤外域) レーザーの開発の他,マイクロチップレーザー光源等の開発を行っている。分子位相制御レーザー開発研究部は,分 子制御のための時間的特性を制御したレーザーの開発と反応制御実験を目的として設置されたが,佐藤助教授が平成 12年に転出した後,将来計画に絡めて研究課題を再検討する方針で,現在欠員となっている。共同利用機器の内で小 型貸出機器はその時々の需要に応じて適宜更新しており,高い効率で有効利用されている。一方,共同利用機器の内 でレーザー光源装置など大型のものについては,平成7年度を最後に更新がされないままとなっている。これらのレー ザー機器類はこれまで高い頻度で使用されて多数の成果を生み出したが,耐用年数の限度が近付いており,今後これ らを更新していくことが,所内の研究と施設利用の活性化を促す上で必要な課題となっている。
このように本センターが管理するレーザー機器類の共同利用は現在にいたるまで大きな役割を果たしてきている。し かし,本センター運営においては,レーザーを用いた分子科学分野における研究環境の変化を十分考慮しなくてはな らない。すなわち,大学におけるレーザー関連の研究環境が年々向上し,チタンサファイアレーザーに代表されるき わめて安定で取り扱いの容易な超短パルスレーザーが多くの大学や研究機関に普及するに至っては,レーザーのエキ スパートでない研究者も気軽に超短パルスレーザーなどを使用することのできる時代になってきた。旧機器センター を現在の分子制御レーザー開発研究センターに改組した時点で,レーザーを中心とする機器類の共同利用というセン ター業務以外に本センターが主体的に取り組む課題研究を発足させた。改組後の本センターでは,上記にあるように 新たなレーザー光源開発を中心として研究が進められ,一定の成果を挙げてきている。しかし,分子科学における光 科学の最先端を切り開くためには,レーザー光源の開発のみならず,それぞれのサイエンスに応じた装置をも含めた ユニークな光科学関連装置や方法論の開発までを含めた総合的な取組みの必要がある。このような他に類を見ない装 置や方法論の開発があってはじめて,本センターが分子科学研究所の一つの重要な柱として分子科学分野へ大きく寄 与できるとともに,新たな共同利用の機会を創出することができる。このためには,現行の課題研究を見直すと共に, 現センターの専任職員のみならず,研究所内の光科学関連研究者を結集した新たな組織作りが必要である。そこで,放 射光をも含めた広い意味での光科学研究の新しい展開の拠点としての「光分子科学センター(仮称)」を現在構想中で ある。
1977年に設置された分子科学研究所・電子計算機センターは,2000年4月より分子科学ばかりでなくバイオサイエ ンス分野の計算科学を含めた岡崎国立共同研究機構・計算科学研究センターに改組され今日に至っている。この間,一 貫して計算科学分野の学術研究発展の先導的な役割はもとより,全国共同利用センターの中心拠点として大きな貢献 をなしてきている。一方,計算科学研究センターを廻る環境は大きく変化しようとしている。その一つは2004年4月 から始まる独立法人化およびそれにともなう分子科学研究所および「岡崎国立共同研究機構」の「自然科学研究機構」 への再編成である。しかし,分子科学を基盤とする国内の計算科学の裾野をさらに大きくもち上げて,国際的に先導 的な研究の発信拠点としての役割と進展に何らの変更があるものではない。
5-4-1 現在の計算機システム
2003年12月現在の計算機システムの概要を下図に示す。図の左側は2000年3月に導入されたスーパーコンピュータ システムで,図の右側は2003年3月に更新されて山手地区に設置された汎用高速演算システムである。
5-4 計算科学研究センターの現状と今後
SGI SGI2800,Origin3800
cco2k1 32CPU cco3k1 128CPU cco2k2 32CPU
cco2k31 128CPU
日本電気
TX-7 64CPU
File Server
Frontend ccfep1 ccfep2
富士通 VPP5000 30PE 日本電気 SX-7 32CPU
汎用高速演算システム
スーパーコンピュータシステム
機構ネットワーク CISCO Catalyst
高速シミュレーション 日立 SR8000 6CPU
図1 システム構成図(平成15年12月1日現在)
スーパーコンピュータシステムは,富士通製 V PP5000 と S GI 製 Origin から構成されている。V PP5000 は 1 C PU 当た りの最高演算性能が 9.6 Gflops のベクトル演算装置 30 台から構成され,各 C PU に 8 ∼ 16 GB の主記憶装置をもつベ クトル並列計算機である。一方,S GI Origin は 1 C PU 当たりの最高演算性能が 0.6 ∼ 0.8 Gflops のスカラー演算装置 320 C PU から構成され,1 C PU 当たり 1 GB の主記憶をそれぞれの C PU から共有メモリとしてアクセスが可能な分散共有 方式の超並列計算機である。V PP5000では高速なベクトル演算能力を活かした大型ジョブの逐次演算処理はもちろん, 例えば 8 台以上のベクトル演算装置を使った大規模なベクトル並列演算が可能である。Origin2800/3800 は Non Uniform Memory A ccess(NUMA )方式と呼ばれる論理的な共有メモリ機構を有する。NUMA は主記憶装置が各 C PU に分散し て配置されているため C PU から主記憶へのアクセス速度が非等価ではあるが,利用者プログラムから大容量のメモリ を容易に利用することができるので,大規模な並列ジョブの実行が可能となる。高速シミュレーションシステムの日 立製 S R 8000 は,主に機構内における利用を目的として運用されている。
一方,2003年3月に導入された汎用高速演算システムは,NE C 製 S X -7 で構成される主システムと T X -7 で構成され る副システムとから成る。NE C S X -7 は 1 C PU あたり 8.8 Gflops の最高演算能力を持ち,256 GB の共有メモリに結合 された 32 C PU の演算装置から構成され,総合演算性能 282.5 Gflops の共有メモリ型ベクトル計算機である。また,T X - 7 は 4 GB のメモリを持ち最大 4 Gflops の演算性能を有する C PU を 32 台搭載したノードを基本単位として構成されて いる。本システムは2ノードから成り,合わせて 64 C PU,256 GB ,256 Gflops の総合性能を有する分散メモリ型スカ ラー計算機である。このうち主システムは高速演算,大容量メモリを活用した大規模分子科学計算に用いられ,また 副システムは分子科学計算に加え,ホモロジー検索を主としたバイオサイエンス分野での利用に供されている。
本年度も約120の研究グループの600名にもおよぶ全国の利用者に共同利用施設として広くサービスを提供し,計 算科学分野の中核的拠点センターとしての役割を果たしている。一方で,世界の最先端研究をリードしこれを推進し ていくために,各研究室にあるワークステーションやパソコンクラスターはもちろんのこと,他の計算機センターで は不可能な大規模計算を実行可能とするために環境整備を行ってきている。
5-4-2 大規模計算のための環境整備
高速パソコンクラスターの普及などに伴って,計算科学研究センターへの期待と役割が最近変化してきている。こ のために,利用者の意見を広く集めて,魅力ある中核計算センターとしてさらに大きく発展するために,8月25日か ら9月8日にかけて,計算速度,ハード,ソフト,プログラムライブラリ,運用法,利用申請と利用報告等に関する 利用者アンケート調査を実施した。また,主な利用者にセンターに集まってもらって,意見交換会を開催した。これ らをもとにして議論を重ねて,これまでと比較してはるかに高度で便利な利用形態を目指して,2004年4月より運用 の抜本的な変更を予定している。詳細は http://www.rccs.orion.ac.jp/ にある。変更の主なポイントは,
(a)C PU 時間とメモリーの上限を大幅に緩和して,大きな分子の電子状態計算を可能にする。また,ディスク容量の上 限を大幅に緩和して,MD 計算の巨大データの保存を可能にする。
(b)大規模計算を高速処理するための並列計算キューを大幅に拡充する。
(c)これまでの特別申請を簡素化した特別利用キューを新設し,申請時に簡単な説明を追記するだけで,360 時間(16- 32 C PU,128 GB メモリー)もの長時間ジョブを可能にする。
(d)アプリケーション利用キューを新設し,機種に依存しない W eb からの標準入力で,最も利用頻度が高い Gaussian プ ログラムの効率的実行を初心者にも容易にする。
これらの変更により,これまでと比較して格段に大規模な計算が実行できることになる。例えば,HF /6-31G(d)法で,
原子数 338,基底関数 4,238 の分子の S C F(21 回)+force の計算が T X -7(16 C PU)を利用して8時間48分で終了する ので,巨大な分子の理論研究が可能になる。今回の変更によって大規模な計算ばかりでなく,小規模な計算も効率的 に実行できるのも特徴である。
5-4-3 ナノサイエンス実証研究プロジェクト
2003年4月より「ナノサイエンス実証研究プロジェクト」が分子科学研究所と計算科学研究センターを中心にスター トした。この研究プロジェクトは,我が国にグリッド計算環境を整備することを主眼とする国家プロジェクト「超高 速コンピュータ網形成プロジェクト(NAREGI: National Research Grid Initiative)」のアプリケーション開発拠点とし
て,「グリッド計算環境を活かした計算科学をナノサイエンス分野で展開し,グリッド計算の有効性を実証する研究」 の推進を目的に5年間の計画で行われる。このプロジェクトは,我が国の産業技術の基盤を育成するための「産学連 携プロジェクト」としての性格をももっているのが特徴である。
本プロジェクトは,分子研,東大物性研,東北大金研,物構研,京大化研,産総研の6研究所を中心にして,いく つもの大学および企業からのナノ計算科学分野の第一線の研究者の参加をえて,我が国の計算科学の総力を結集した 取り組みになっている。具体的な研究課題と担当研究機関は,①機能性ナノ分子(分子研),②ナノ分子集合体(分子 研),③ナノ電子系(東北大・金研),④ナノ磁性(東大・物性研),⑤ナノ複合系設計(産総研),⑥総合ナノシミュ レーションシステム(産総研),⑦ナノ設計実証(産業界から公募)である。これらの課題研究を遂行し,その研究成 果を通じてグリッド計算環境の有効性を実証すると同時に,ナノサイエンス分野における統合シミュレーションシス テムを構築し,大学や産業界の研究者に広く公開することを目指している。
このナノサイエンス実証研究のために昨年度補正予算が組まれ,2004年4月に運用開始予定で,総理論演算能力が 10 T flops の大型計算機システムが導入される。計算科学研究センターでは,アプリケーション開発拠点としての研究 推進はもとより,事務局と計算機システムの運用という重要な役割を果たすことになる。このためにセンタースタッ フは現在万全の準備を行っている。
5-4-4 計算分子科学研究系の新設
自動車,船,飛行機,建物などを合理的に設計するためにはコンピュータでまず仮想実験をすることが早くからルー チン化されているように,物質科学はもとより生命科学分野でも,分子科学を基盤とする計算科学とコンピュータシ ミュレーションは,実験に並ぶあるいはそれ以上に有力で強力な研究法として今後ますます重要になる。これは,実 験では困難な条件もさまざまに設定でき,高速に多数回の仮想実験をクリーンにできるので,新しい機能をもつ分子 や集合体を精密・合理的に設計して反応も自在に制御できる。現在の計算科学手法は,比較的小さい分子系を精度良 く取り扱えるが,ナノスケールサイズの巨大な分子系の精度の高いコンピュータシミュレーションには飛躍的な進展 が望まれている。サイズの大きな分子系は,新規な構造,物性,機能,自己集合の宝庫である。このために,巨大な 分子系を精度高く高速に取り扱える理論と超並列演算やグリッド環境を駆使した高度な計算法の開発が,今後の計算 科学のきわめて重要な挑戦課題になっている。分子科学を基盤とするナノサイエンスおよびバイオサイエンスとの境 界領域において,世界の潮流の先端になるナノ計算科学を展開して発信していくことは緊急の課題である。このこと は,分子研の理論研究系の昨年度の外部評価でも指摘されていることで,従来の計算科学の単なる延長ではなく,新 機軸を切り開いていくための中核的研究推進体制と人材が求められている。ナノ計算科学分野の独創的な先端研究を 集中的に行うために,下記の計算分子科学研究系を分子科学研究所に新設することが煮詰まっている。
(1) 計算分子科学第1
ナノスケールの分子並びに分子集合体の構造と動力学に関する計算科学の研究を行う。特に,分子の自己組織化 による構造形成の原理とその動力学を明らかにし,水中でのタンパク質や生体膜などの構造予測と,その構造に 基づいた動力学の解明のための計算科学的方法論を確立する。
(2) 計算分子科学第2
ナノスケールの分子並びに分子集合体の機能と物性に関する計算科学の研究を行う。特に,巨大分子系やその複 合体のもつ機能や物性および化学反応を合理的に設計して解析する計算科学的方法論を確立して,機能性新規触 媒や分子エレクトロニクス,分子磁性,機能性高分子などへの応用を目指す。
(3) 計算分子科学第3(客員部門)
超並列アルゴリズムやグリッドコンピューテイング手法を,量子化学計算,分子動力学計算,モンテカルロ計算 などへ適用し,大規模計算の最高演算ピーク性能を実現して計算効率の最大化を図るための情報科学的研究を幅 広く行う。
計算分子科学研究系の教官は,理論研究系(理論分子科学研究系と改名予定)の協力のもとに,21世紀の計算科学 の基盤となる理論と方法論の開発はもとより,計算科学研究センターの運営と発展に中心的な役割を果たす。上記の 研究の具体的内容はまだ暫定的であるが,分子科学ばかりでなく生命科学分野のナノ計算科学に新展開と大きなイン パクトをもたらすことになる。